要 この記事の要点
- 判断能力が不十分な方が参加した遺産分割協議は、後から取り消されたり無効と判断されるおそれがあります
- 成年後見では後見人が本人に代わって協議に参加し、保佐では民法第13条第1項第6号により保佐人の同意が必要です
- 後見人自身も相続人である場合は利益相反となり、特別代理人の選任が必要になります
- 遺言書がある場合、遺産分割をせず法定相続分による共有のままにする場合、判断能力はあり身体的に動けないだけの場合などは、後見を使わずに済む余地があります
「母が認知症で、父の相続の話を理解できない」「相続人の叔母が高齢で施設に入っており、意思の確認が難しい」。このようなご相談は年々増えています。
このケースで最も危険なのは、「とりあえず署名をもらって進めてしまう」ことです。判断能力が不十分な状態での協議は、後から覆される可能性があります。本記事では、判断能力の見方、成年後見を使う場合の流れ、使わずに済む余地を順に整理します。成年後見制度そのものの詳しい解説は成年後見制度とはをご覧ください。
相続人に高齢の方がいると遺産分割はできる?
高齢であること自体は問題になりませんが、判断能力が不十分な場合は代理する人を立てなければ協議を進められません。
年齢そのものは関係ありません。問題になるのは遺産分割の内容を理解し、自分の意思で決められるかどうかです。
| 状態 | 遺産分割協議への参加 | 必要な対応 |
|---|---|---|
| 高齢だが判断能力に問題がない | そのまま参加できます | 特別な対応は不要です。書類を分かりやすく整え、時間をかけてご説明します |
| 物忘れはあるが説明すれば理解できる | 参加できる場合があります | 慎重な確認が必要です。医師の意見を参考にすることがあります |
| 認知症の診断があり、内容の理解が難しい | そのままでは参加できません | 成年後見等の検討が必要です |
| 意思疎通がほとんど取れない | 参加できません | 成年後見の申立てが必要です |
| 入院中だが判断能力はある | 参加できます | 出張して意思を確認する、郵送で対応するなどの方法を取ります |
民法第9条は、成年被後見人の法律行為は取り消すことができると定めています。後見開始の審判を受けていない場合でも、意思能力を欠く状態でした法律行為は無効と判断されることがあります。遺産分割協議もこの対象です。
判断能力があるかはどう判断する?
日常の様子だけで決めるのは危険であり、迷う場合は主治医の意見を確認したうえで進めるのが安全です。
ご家族の感覚と法的な評価はずれることがあります。判断の材料を整理します。
| 確認すること | 見るポイント |
|---|---|
| 日常生活の状況 | 金銭の管理ができているか、契約の意味が分かるか |
| 医療・介護の記録 | 認知症の診断があるか、要介護認定の内容はどうか |
| 主治医の意見 | 財産の管理や契約について、どの程度の判断ができると見ているか |
| 本人への説明の反応 | 遺産の内容と分け方を説明したときに、内容を自分の言葉で言い直せるか |
| 一貫性 | 日によって答えが大きく変わらないか |
実務上の目安として、「自分の相続分がどうなるか」を本人が自分の言葉で説明できるかどうかを確認します。説明を聞いた直後に内容を言い直せない場合は、慎重に進めるべきサインです。
迷う場合は主治医に相談してください。成年後見の申立てには医師の診断書が必要になりますので、その過程でも判断能力の評価が行われます。
判断能力が不十分なまま協議するとどうなる?
協議が後から取り消されたり無効と判断されるおそれがあり、登記や払戻しまで覆るリスクを抱えることになります。
これが本記事で最も重要な部分です。
| リスク | 具体的に起こること |
|---|---|
| 協議の無効・取消し | 意思能力を欠く状態での法律行為は無効と判断されることがあり、成年被後見人の行為は民法第9条により取り消すことができます |
| 登記のやり直し | 協議書を前提とした相続登記が覆る可能性があります |
| 金融機関での差し戻し | 判断能力に疑いがあると分かった場合、金融機関は手続きを止めて成年後見人の選任を求めるのが一般的です |
| 他の相続人からの異議 | 後に他の相続人や新たに選任された後見人から争われる可能性があります |
| 相続税申告への影響 | 分割が無効となれば、申告の前提が崩れます |
| 家族間の信頼の喪失 | 後から問題が発覚した場合、関係の修復が難しくなります |
とくに金融機関は慎重です。窓口で本人の意思確認が取れないと判断されると、その時点で手続きが止まります。「先に署名をもらっておけばよい」という考えは、結果的に遠回りになります。
口座の手続きで求められる書類については口座凍結を解除するにはでも触れていますが、判断能力が不十分な相続人がいる場合は成年後見人等の登記事項証明書の提出を求められるのが一般的です。
成年後見を使うとどうなる?
後見では後見人が本人に代わって協議に参加し、保佐では保佐人の同意を得て本人が協議に参加する形になります。
成年後見制度には判断能力の程度に応じた3つの類型があります。遺産分割での扱いが異なります。
| 類型 | 対象 | 根拠 | 遺産分割での扱い |
|---|---|---|---|
| 後見 | 判断能力を欠く常況にある方 | 民法第7条 | 成年後見人が本人を代理して協議に参加します |
| 保佐 | 判断能力が著しく不十分な方 | 民法第11条 | 本人が協議しますが、民法第13条第1項第6号により遺産の分割には保佐人の同意が必要です |
| 補助 | 判断能力が不十分な方 | 民法第15条 | 審判で定められた範囲により、補助人の同意や代理が必要になる場合があります |
| 任意後見 | 判断能力があるうちに契約しておく制度 | 任意後見契約に関する法律 | 判断能力が低下した後、任意後見人が契約で定めた範囲で対応します |
申立ての概要は次のとおりです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 申立てできる人 | 本人、配偶者、四親等内の親族、市町村長など |
| 申立先 | 本人の住所地を管轄する家庭裁判所。西東京市・東久留米市・清瀬市は東京家庭裁判所立川支部です |
| 主な必要書類 | 申立書、本人の戸籍謄本・住民票、診断書、財産目録、収支予定表など |
| 費用の目安 | 申立手数料800円程度、後見登記手数料2,600円程度、連絡用の郵便切手。鑑定が行われる場合は鑑定費用が別途かかります |
| 期間の目安 | 申立てから審判までおおむね1か月から数か月 |
| 後見人になる人 | 家庭裁判所が選任します。親族が選ばれる場合も、弁護士・司法書士などの専門職が選ばれる場合もあります |
費用と必要書類は変更されることがありますので、最新の情報は裁判所の公式サイトでご確認ください。
重要な点として、成年後見は相続手続きが終わっても続きます。本人の判断能力が回復しない限り、原則として本人が亡くなるまで継続し、専門職が選任された場合は報酬も継続して発生します。「相続のためだけに使う制度」ではないことを理解したうえで判断する必要があります。
後見人も相続人である場合はどうする?
同じ相続の相続人が後見人を務める場合は利益相反となるため、特別代理人の選任が必要になります。
よくあるのが「認知症の母の後見人に長男が選任され、長男も相続人である」というケースです。
| 状況 | 取扱い | 根拠 |
|---|---|---|
| 後見人も同じ相続の相続人である | 利益相反となるため、特別代理人の選任を家庭裁判所に申し立てる必要があります | 民法第860条が第826条を準用しています |
| 後見監督人が選任されている | 後見監督人が本人を代表します | 民法第851条の定めによります |
| 親権者と未成年の子が同時に相続人である | 特別代理人の選任が必要です | 民法第826条 |
| 後見人が相続人でない第三者である | 後見人がそのまま本人を代理できます | ― |
特別代理人の選任は、申立手数料の目安が収入印紙800円程度と連絡用の郵便切手で、期間は1か月程度が目安です。申立ての際には遺産分割の案を添えることが求められますので、案の内容が本人に不利でないことを示せるよう準備が必要です。
ここで実務上重要なのは、後見人は本人の財産を守る立場にあるという点です。本人の法定相続分を下回る分け方は、家庭裁判所が認めないのが一般的です。「母は施設にいるから相続分はいらない」という進め方はできません。
成年後見を使わずに済む場合はある?
遺言書がある場合や、法定相続分による共有のままにする場合、身体的に動けないだけの場合は、後見を使わずに済む余地があります。
成年後見は負担の大きい制度です。使わずに済む可能性を検討する価値があります。
| 場面 | 後見が不要になる可能性 | 注意点 |
|---|---|---|
| 遺産分割をせず、法定相続分のまま放置する | 協議をしないため後見は不要です | 預貯金の払戻しや相続登記で結局必要になる場面が多くあります |
| 預貯金の払戻し制度を使う | 民法第909条の2により各相続人が単独で請求できます | 一つの金融機関につき150万円が上限。本人分の請求には代理の問題が残ります |
| 遺言書があり、分け方が指定されている | 遺産分割協議が不要になります | 遺言執行者がいればさらに進めやすくなります(遺言執行者とは) |
| 判断能力はあるが身体的に動けないだけ | 後見は不要です | 出張での意思確認や郵送で対応します |
| 相続放棄をする(本人の負債回避のため) | 本人が放棄する場合は後見人等の関与が必要です | 単独では進められません |
| 相続人申告登記で登記義務だけ履行する | 協議を要しません(不動産登記法第76条の3) | 所有権の移転登記は別途必要です |
最も効果が大きいのは遺言書があることです。遺言により分け方が指定されていれば遺産分割協議そのものが不要になり、判断能力の問題を回避できます。これは生前対策の最大の価値の1つです。
生前にできる備えは何?
遺言書の作成と任意後見契約、家族信託の三つが、判断能力が低下する前に取れる現実的な備えになります。
将来このケースに当たりそうなご家庭では、元気なうちの備えが決定的に効きます。
| 備え | できること | 当センターの関与 |
|---|---|---|
| 遺言書の作成 | 分け方を指定し、遺産分割協議を不要にできます | 遺言書作成支援として対応します。料金は250,000円〜(税別)、公証人手数料は別途必要です |
| 任意後見契約 | 判断能力があるうちに後見人と支援内容を自分で決められます | ご相談に応じ、専門家と連携して進めます |
| 家族信託 | 財産の管理を家族に託し、認知症後も柔軟に運用できる場合があります | 専門家と連携して検討します(家族信託とは) |
| 財産目録の整備 | どこに何があるかを明確にし、後の手続きを軽くします | 財産目録作成支援として対応します |
| 生命保険の受取人の確認 | 受取人固有の財産として分割協議を経ずに受け取れます | ご相談に応じます |
よく申し上げるのは「認知症になってからでは遺言書は作れない」ということです。遺言には遺言能力が必要であり、判断能力が失われた後では作成できません。遺言書の書き方ガイドもあわせてご覧ください。
進め方の順序はどうなる?
判断能力の確認を最初に行い、必要なら後見の申立てを済ませてから遺産分割に入る順序が安全です。
順序を間違えると全部やり直しになります。
| 順序 | やること | 期間の目安 |
|---|---|---|
| 1 | 相続人を確定し、判断能力に不安のある方がいるかを確認 | 1〜2か月 |
| 2 | 遺言書の有無を確認。あれば協議が不要になる場合があります | 数日 |
| 3 | 判断能力について主治医に相談し、診断書を取得 | 2週間〜1か月 |
| 4 | 後見等の申立て。後見人も相続人であれば特別代理人の選任も | 1〜数か月 |
| 5 | 財産を確定し、法定相続分を踏まえた分割案を作成 | 1か月 |
| 6 | 後見人等の関与のもとで遺産分割協議 | 1〜2か月 |
| 7 | 預貯金の払戻し、相続登記、相続税の申告 | 2〜3か月 |
合計すると半年から1年程度かかることがあります。相続税の申告期限が10か月であることを考えると、1か月目から動き始める必要があります。間に合わない場合は未分割で申告する方法がありますので、税理士にご相談ください。期限の全体像は相続手続きはいつまでに何をする?をご覧ください。
当センターは西東京市ひばりが丘北を拠点に、東久留米市・清瀬市・新座市のお客様に対応しています。戸籍の収集、財産の確定、分割案の整理までをお手伝いし、成年後見の申立てについては弁護士・司法書士をご紹介します。
まとめ:結局どうすればよい?
相続人のなかに判断能力が不十分な方がいる場合、最も危険なのは「とりあえず署名をもらって進める」ことです。民法第9条により成年被後見人の法律行為は取り消すことができ、審判を受けていない場合でも意思能力を欠く状態での法律行為は無効と判断されることがあります。登記も払戻しも、後から覆る可能性を抱えることになります。
対応は成年後見制度です。後見では後見人が本人を代理して協議に参加し、保佐では民法第13条第1項第6号により遺産の分割に保佐人の同意が必要です。後見人自身も相続人である場合は利益相反となり、特別代理人の選任が必要になります(民法第860条が第826条を準用)。そして後見人は本人の財産を守る立場ですので、本人の法定相続分を下回る分け方は認められないのが一般的です。
一方で、遺言書があれば遺産分割協議そのものが不要になり、この問題を回避できます。判断能力が低下する前の遺言書の作成、任意後見契約、家族信託は、ご家族の負担を大きく減らします。
順序を間違えるとやり直しになります。判断能力の確認を最初に行い、必要なら後見の申立てを済ませてから遺産分割に入ってください。全体で半年から1年かかりますので、早めの着手が肝心です。ご不安があれば初回相談は無料です。平日9:00〜18:00、042-439-6523へお電話ください。
▶ 判断能力に不安のある相続人がいて、進め方が分からず止まっていませんか?
相続人の確定、財産の確定、法定相続分を踏まえた分割案の整理までをお手伝いし、成年後見の申立てについては弁護士・司法書士をご紹介します。順序を間違えないことが、やり直しを防ぐ最大のポイントです。
西東京市ひばりが丘の相続サポートセンターなら、戸籍収集から遺産分割・不動産名義変更・相続税申告まで、税理士・行政書士・司法書士が連携してワンストップで対応します。初回相談は無料です。まずはお気軽にご相談ください。
よくある質問
Q. 認知症の母がいる場合、遺産分割はどう進めればいいですか?
内容を理解して自分の意思で決めることが難しい状態であれば、家庭裁判所に成年後見開始の審判を申し立て、選任された成年後見人が本人を代理して協議に参加します。民法第7条に定めがあり、申立先は本人の住所地を管轄する家庭裁判所です。西東京市・東久留米市・清瀬市であれば東京家庭裁判所立川支部です。注意点として、成年後見は相続手続きが終わっても原則として本人が亡くなるまで続き、専門職が選任された場合は報酬も継続して発生します。
Q. 判断能力が怪しいまま署名してもらったら、何か問題がありますか?
後から協議が無効と判断されたり取り消されたりするおそれがあります。民法第9条は成年被後見人の法律行為は取り消すことができると定めており、審判を受けていない場合でも意思能力を欠く状態での法律行為は無効と判断されることがあります。そうなると協議書を前提とした相続登記や預貯金の払戻しも覆る可能性があります。また金融機関の窓口で本人の意思確認が取れないと判断されれば、その時点で手続きが止まり、成年後見人の選任を求められるのが一般的です。
Q. 後見人になった長男も相続人です。そのまま協議できますか?
できません。後見人自身が同じ相続の相続人である場合は利益相反となり、家庭裁判所に特別代理人の選任を申し立てる必要があります。民法第860条が第826条を準用しているためです。後見監督人が選任されている場合は後見監督人が本人を代表します。申立費用の目安は収入印紙800円程度と連絡用の郵便切手で、期間は1か月程度です。申立ての際には遺産分割の案を添えることが求められ、本人の法定相続分を下回る案は認められないのが一般的です。
Q. 成年後見を使わずに相続手続きを進める方法はありませんか?
遺言書があり分け方が指定されている場合は、遺産分割協議そのものが不要になるため回避できます。また判断能力はあって身体的に動けないだけであれば、出張での意思確認や郵送で対応できますので後見は不要です。民法第909条の2の預貯金の払戻し制度で当面の資金をつなぐこともできますが、本人分の請求には代理の問題が残ります。遺産分割をせず法定相続分のまま放置する選択もありますが、預貯金の払戻しや相続登記の場面で結局必要になることが多いです。