要 この記事の要点
- 相続放棄は民法上の手続きであり、生活保護を受給していることを理由に禁じる法律の規定はありません(民法第938条)
- 問題になるのは民法ではなく生活保護の実施機関との関係です。プラスの財産があるのに放棄すると、生活保護法第4条第1項の資力活用との関係で説明を求められることがあります
- ネット上には出典の不明確な「判例」が流通しています。裁判所・年月日・事件の性質まで確認できない情報を判断の根拠にしないでください
- 熟慮期間は原則3か月(民法第915条第1項)。結論を出す前に、必ず担当ケースワーカー・福祉事務所に事前相談してください
「生活保護を受けているが、亡くなった親には借金しかないようだ。相続放棄しても大丈夫か」「逆に、遺産があるが放棄したい。認められるのか」。生活保護と相続放棄が重なる場面のご相談です。
この問題は、民法の話と生活保護制度の話が別々に動いている点を理解すると整理しやすくなります。この記事では両者を切り分けて解説します。ただし、生活保護の取扱いは実施機関の判断による部分が大きいため、最終的な判断は必ず担当のケースワーカー・福祉事務所にご確認ください。
民法上、相続放棄は誰でもできる手続き
相続放棄は、家庭裁判所に申述して行う手続きです(民法第938条)。放棄が受理されると、その人はその相続に関して初めから相続人とならなかったものとみなされます(民法第939条)。プラスの財産もマイナスの財産も承継しません。
民法にも生活保護法にも、「生活保護受給者は相続放棄をしてはならない」と定めた条文はありません。家庭裁判所の申述受理の手続きにおいても、生活保護の受給の有無が要件とされているわけではありません。
| 項目 | 内容 | 根拠 |
|---|---|---|
| 手続き | 家庭裁判所への申述 | 民法第938条 |
| 期間 | 自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内。家庭裁判所への申立てにより伸長できる場合があります | 民法第915条第1項 |
| 効果 | 初めから相続人でなかったものとみなされる | 民法第939条 |
| 撤回 | 受理された後の撤回は原則としてできません | 民法第919条第1項 |
手続きの流れそのものは、生活保護を受けているかどうかで変わりません。詳しくは相続放棄の手続き方法をご確認ください。
「生活保護 相続放棄 判例」を調べる前に
この論点をインターネットで調べると、「判例により相続放棄は権利の濫用とされる」といった記述に行き当たることがあります。しかし、その多くは裁判所名・年月日・事件の内容まで特定できる形で示されていません。
そのうえで確認しておきたいのは、裁判で争われるのは「相続放棄の有効性」ではなく「保護の実施機関が行った処分の適法性」であることが多いという点です。つまり、放棄そのものが取り消されるかどうかよりも、放棄したことをどう評価して保護を停止・廃止したり返還を求めたりできるか、が実際の争点になりやすいということです。
なぜ生活保護との関係で問題になるのか
生活保護法第4条第1項は、保護は「その利用し得る資産、能力その他あらゆるものを、その最低限度の生活の維持のために活用すること」を要件として行われると定めています。これが補足性の原則です。
相続によって取得できるはずの財産も、原則として「利用し得る資産」にあたると考えられます。そのため、プラスの財産があるにもかかわらず相続放棄をした場合には、「活用できたはずの資産を活用しなかった」と評価され、次のような対応が検討されることがあります。
- 保護の停止または廃止(生活保護法第26条)
- 資力があった期間に受けた保護費の返還(生活保護法第63条)
- 届出をしていなかった場合は、不正受給としての費用徴収(生活保護法第78条)
いずれも実施機関の判断によるものであり、必ずこうなると決まっているわけではありません。第63条の返還の考え方については生活保護中に遺産を相続したら返還はいくら?で詳しく整理しています。
ケース別に考える
| 相続財産の状況 | 考え方 |
|---|---|
| 借金などのマイナスの財産が明らかに多い | 相続すればかえって生活が悪化します。放棄することに合理性があると説明しやすい場面です。財産・負債の一覧を示して事前に相談してください |
| プラスの財産がある | 補足性の原則との関係で説明を求められる可能性が高い場面です。放棄を前提に動く前に、必ず福祉事務所にご相談ください |
| 財産があるかどうか分からない | まず財産調査を行います。3か月以内に調査が終わらない見込みであれば、熟慮期間の伸長を家庭裁判所に申し立てることを検討します |
| 遠縁の親族の相続で、事情がまったく分からない | 同様に調査が先です。「関わりたくないから」という理由だけで急いで放棄すると、後から説明が難しくなることがあります |
ここで挙げているのは考え方の枠組みであり、結論を保証するものではありません。同じような状況でも実施機関の判断は分かれえます。
判断の前にやっておくべきこと
1. 財産と負債を洗い出す
プラスかマイナスかが分からないままでは、放棄すべきかどうかの判断も、福祉事務所への説明もできません。預貯金・不動産・保険のほか、借入れの有無も調べます。信用情報機関への開示請求で、貸金業者やクレジット会社からの借入れを確認する方法もあります。相続財産の調査をご参照ください。
2. 遺産に手をつけない
相続財産を処分すると、単純承認をしたものとみなされ、その後は相続放棄ができなくなります(民法第921条第1号)。被相続人の預金を引き出して使う、不動産を売る、債権を取り立てるといった行為が該当しえます。放棄を検討している間は、遺産に手を触れないでください。
また、限定承認や相続放棄をした後であっても、相続財産を隠したり私的に消費したりすると、単純承認とみなされることがあります(民法第921条第3号)。
3. 担当ケースワーカーに事前相談する
これが最も重要です。放棄してから事後に報告するのと、放棄する前に事情を説明して相談するのとでは、その後の展開が大きく変わります。相続が発生したこと自体、生活保護法第61条の届出義務の対象です。
相談の際は、なぜ放棄したいのかを具体的に説明できるようにしておくことが大切です。「借入れが○○社から合計いくらある」「不動産は現況こういう状態で売却が難しい」といった資料を添えると、話が具体的になります。
4. 費用が心配なら法テラスを検討する
弁護士・司法書士への相談費用が負担になる場合は、法テラス(日本司法支援センター)の民事法律扶助制度をご検討ください。資力の要件を満たす方は、無料の法律相談や費用の立替えを利用できる場合があります。相談先の選び方は相続は誰に相談すべきかもご参照ください。
限定承認という選択肢
プラスかマイナスか分からない場合には、限定承認という方法もあります。相続によって得た財産の限度でのみ債務を弁済する制度です(民法第922条)。
ただし、次の制約があるため、実際に使われる場面は多くありません。
- 相続人が複数いる場合は、全員が共同して行う必要があります(民法第923条)
- 熟慮期間内に財産目録を作成して家庭裁判所に提出しなければなりません(民法第924条)
- 手続きが煩雑で、税務上の取扱いにも注意が必要です
詳しくは限定承認とはをご確認ください。
放棄すると次の順位の親族に相続権が移る
相続放棄は、自分が相続人でなくなるだけの手続きです。第一順位の子が全員放棄すると、相続権は直系尊属へ、さらに兄弟姉妹へと移ります(民法第889条)。借金を相続する立場が、知らないうちに他の親族へ移ることになります。
そのため、負債があることを理由に放棄する場合には、次順位になる親族にも事前に事情を伝えておくのが望ましい対応です。西東京市・東久留米市・清瀬市・新座市のご相談でも、この点を伝えずに進めたために親族間の関係が悪化した例をお聞きします。
まとめ
相続放棄そのものは、生活保護受給の有無にかかわらず民法上可能な手続きです(民法第938条)。一方で、プラスの財産があるのに放棄する場合には、生活保護法第4条第1項の補足性の原則との関係で、保護の停止・廃止や費用返還が検討されることがあります。
ネット上の出典が不明確な判例情報に頼らず、財産と負債を明らかにしたうえで、熟慮期間内に、担当ケースワーカーと相談しながら判断する——これが最も確かな進め方です。
当センターでは、相続財産の調査や財産目録の作成をお手伝いできます。ただし、放棄が生活保護にどう影響するかの判断は保護の実施機関が行うものですので、必ず福祉事務所・ケースワーカーにご確認ください。
▶ 放棄すべきかどうかは、財産と負債を洗い出してからでないと判断できません。
戸籍収集・相続人の確定・財産と負債の調査・財産目録の作成をお手伝いします。生活保護の取扱いについては、担当のケースワーカー・福祉事務所へのご相談とあわせてお進めください。
西東京市ひばりが丘の相続サポートセンターなら、戸籍収集から遺産分割・不動産名義変更・相続税申告まで、税理士・行政書士・司法書士が連携してワンストップで対応します。初回相談は無料です。まずはお気軽にご相談ください。
よくある質問
Q. 生活保護を受けていると、家庭裁判所は相続放棄を受け付けてくれないのですか?
相続放棄の申述に、生活保護の受給の有無を要件とする規定はありません。問題になるのは家庭裁判所の手続きではなく、放棄したことを保護の実施機関がどう評価するかという点です。手続きができるかどうかと、生活保護にどう影響するかは、切り分けて考える必要があります。
Q. 被相続人に借金しかありません。放棄しても生活保護に影響しませんか?
相続すればかえって生活が苦しくなる状況ですので、放棄に合理性があると説明しやすい場面です。ただし、影響がないと事前に断言することはできません。負債の内容が分かる資料を用意して、放棄の前に担当ケースワーカーにご相談ください。
Q. 3か月を過ぎそうですが、福祉事務所の回答がまだ出ません。どうすればよいですか?
民法第915条第1項ただし書により、家庭裁判所に熟慮期間の伸長を申し立てることができます。期間が過ぎてしまうと単純承認をしたものとみなされる可能性がありますので、期限が迫っている場合は早めに手続きをご検討ください。
Q. すでに相続放棄をしてしまいました。福祉事務所に伝えるべきですか?
相続の発生も放棄も、生計の状況に関わる事柄です。生活保護法第61条の届出義務の趣旨からも、速やかにご報告ください。伝えずにいると、後から発覚した際に不正受給(生活保護法第78条)として扱われる可能性があります。その後の取扱いについては、担当ケースワーカーの説明をお聞きください。