要 この記事の要点
- 取り返しがつかない失敗の代表は3か月の経過と相続財産の処分による単純承認(民法第921条)です
- 分け方を決めてから税理士に相談すると、小規模宅地等の特例が使えない分け方だったと後で判明します
- 相続人を確定せずに協議すると、後から相続人が判明した時点で協議がやり直しになります
- 安易な共有名義は次の世代で面識のない従兄弟同士の共有になり、売却の同意が取れなくなります
相続手続きの失敗には2種類あります。やり直せる失敗と、取り返しがつかない失敗です。書類の記載漏れや押印の不備は手間こそかかりますが直せます。しかし期限の経過や、一度してしまった行為は戻せません。
本記事では、後者に焦点を当てます。遺産分割協議書の形式不備といった書類上の失敗は遺産分割協議書のよくある失敗5つにまとめていますので、こちらは取り返しのつかない失敗を扱います。
取り返しがつかない失敗とはどんなもの?
期限の経過と一度してしまった行為、そして分け方を確定させた後の税務の判明が、戻せない三つの失敗です。
まず全体像を整理します。
| 失敗 | 何が戻せないか | 深刻度 |
|---|---|---|
| 3か月を過ぎて相続放棄ができなくなった | 負債を承継しない選択肢 | 最も重い |
| 故人の預金を引き出して使った | 民法第921条により単純承認とみなされ、放棄ができなくなることがあります | 最も重い |
| 分け方を決めてから税理士に相談した | 特例が使える分け方への変更。相続人全員の再合意が必要になります | 重い |
| 相続人を確定せずに協議した | 協議そのものが無効になります | 重い |
| 安易に共有名義にした | 次の世代での合意形成 | 重い(時間差で現れます) |
| 遺言書を開封してしまった | 遺言が無効になるわけではありませんが、封印のある遺言書を家庭裁判所外で開封すると過料の対象となり得ます | 中 |
| 遺留分侵害額の請求をせずに1年が過ぎた | 請求権そのもの(民法第1048条) | 重い |
| 相続登記を放置して相続人が増えた | 簡潔な手続きで済む状態 | 重い |
これらに共通するのは「後で直せばいい」と思っているうちに不可逆になる点です。順に見ていきます。
相続放棄に関する失敗は?
熟慮期間の三か月を過ぎると原則として相続を承認したものとされ、負債も引き継ぐことになります。
民法第915条第1項は、相続人は自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内に、相続について単純承認、限定承認または放棄をしなければならないと定めています。
| 失敗の型 | 何が起こるか | 予防策 |
|---|---|---|
| 借金があるか分からないまま3か月が過ぎた | 原則として単純承認となり、負債を承継します | 期限内に家庭裁判所へ熟慮期間の伸長を請求できる場合があります(民法第915条第1項ただし書) |
| 疎遠な親族の相続人になったことに気づかなかった | 起算日は知った時ですので、通知を受けた時から3か月です | 債権者からの通知が届いたら日付を保管し、すぐに動いてください |
| 相続放棄を家族内の話し合いだけで済ませた | 家庭裁判所への申述がなければ相続人のままです(民法第938条) | 必ず家庭裁判所に申述してください |
| 他の相続人が放棄したため自分が相続人になった | 次順位の相続人になった場合、その事実を知った時から3か月です | 放棄した相続人から連絡を受けるようにしておきます |
| 放棄した後に不動産の管理を求められた | 2023年改正の民法第940条により、一定の場合に保存義務が残ります | 相続放棄後の保存義務をご確認ください |
ここで重要なのは負債の有無が分からない段階で3か月を迎えてしまうことです。信用情報機関への照会などには時間がかかります。心当たりがある場合は、早い段階で熟慮期間の伸長を検討してください。詳しくは相続放棄の手続き方法をご覧ください。
預金の引き出しに関する失敗は?
故人の預金を引き出して使うと相続財産の処分とみなされ、相続放棄ができなくなるおそれがあります。
これは期限ではなく行為の問題です。3か月以内であっても放棄ができなくなります。
民法第921条は、相続人が相続財産の全部または一部を処分したときは単純承認をしたものとみなすと定めています。
| 行為 | リスク | 考え方 |
|---|---|---|
| 故人の口座から現金を引き出して生活費に使った | 処分とみなされ、単純承認となるおそれがあります | 最も危険な行為です |
| 引き出した現金を葬儀費用に充てた | 社会的に相当な範囲であれば処分に当たらないと判断される場合もありますが、確実ではありません | 記録と領収書を必ず保管してください |
| 故人の不動産を売却した | 明確に処分に当たります | 放棄を検討しているなら絶対に行わないでください |
| 故人の預金で入院費を精算した | 判断が分かれます | 債務の弁済にあたる面もありますが、記録を残してください |
| 故人の自動車を廃車にした | 処分に当たると判断されるおそれがあります | 放棄の検討中は保留してください |
| 家財を形見分けとして配った | 価値のあるものは処分とみなされるおそれがあります | 慎重に判断してください |
当センターが最も強くお伝えしているのは、負債の心当たりがある場合は財産に一切手をつけず、まず調査することです。資金が必要であれば、民法第909条の2の預貯金の払戻し制度を使う方法もありますが、これも相続分の一部の行使にあたるため、放棄を検討している場合は慎重な判断が必要です。
詳しくは凍結前に故人の預金を引き出しても大丈夫?、払戻し制度は預貯金の払戻し制度の使い方をご覧ください。
分け方に関する失敗は?
分け方を決めてから税理士に相談すると、小規模宅地等の特例が使えない分け方だったと後で判明します。
これは当センターに持ち込まれるご相談のなかでも、金額の影響が大きい失敗です。
| 失敗の型 | 何が起こるか |
|---|---|
| 自宅を誰が取得するかを先に決めてしまった | 小規模宅地等の特例(租税特別措置法第69条の4)は取得者ごとに要件が異なります。要件を満たさない方が取得する内容で合意すると、評価を80%減額できません |
| 配偶者の税額軽減を使いすぎた | 相続税法第19条の2により配偶者が取得した財産は1億6,000万円または法定相続分相当額のいずれか多い金額まで課税されませんが、次の相続で税額が大きくなる場合があります |
| 協議書に署名・押印をそろえてから税務を検討した | 分け方を変えるには相続人全員の再合意と再押印が必要になります |
| 不動産を時価ではなく固定資産税評価額で公平性を判断した | 後になって不公平が判明し、関係が悪化することがあります |
| 代償金の額を決めたが支払原資がなかった | 協議が履行できず、やり直しになります |
| 後に発見された財産についての条項を入れなかった | 新たな財産が判明するたびに全員の署名を集め直すことになります |
防ぎ方は明確です。分け方を決める前に、相続税の申告が必要かを判定し、特例の要件を確認すること。この順序を守るだけで回避できます(相続税の申告は必要?不要?、小規模宅地等の特例)。
協議書に「本協議書に記載のない財産が判明した場合は◯◯が取得する」という条項を入れておくのも実務上の定石です(遺産分割協議書のひな形)。
相続人の確認に関する失敗は?
相続人を戸籍で確定せずに協議すると、後から相続人が判明した時点で協議そのものが無効になります。
「家族のことだから分かっている」という前提が崩れるケースです。
| 後から判明する相続人 | なぜ起こるか | 参考記事 |
|---|---|---|
| 被相続人の前の婚姻の子 | 家族に知らされていないことがあります | 前妻の子に相続させたくない場合 |
| 認知した子 | 戸籍を見るまで分かりません | 婚外子に相続権はある? |
| 養子 | 古い戸籍に記載があります | 養子縁組と相続 |
| 先に亡くなった子の子(孫) | 代襲相続により相続人になります | 代襲相続とは |
| 兄弟姉妹やその子(甥姪) | 子も親もいない場合に相続人になります | 相続人調査の方法 |
| 相続手続き中に亡くなった相続人の相続人 | 数次相続により関係者が増えます | 数次相続とは |
相続人が1人漏れていた場合、その協議は無効です。協議書も、それを前提とした登記も、金融機関の払戻しも覆ります。相続税の基礎控除額も変わるため、申告のやり直しが必要になることもあります。
防ぎ方は1つだけです。被相続人の出生から死亡までの連続した戸籍を必ず集めること。ここを省略してはいけません(戸籍の集め方)。
不動産の放置はどんな失敗につながる?
登記を放置すると相続人が亡くなって権利者が増え、後から手続きするほど難しくなっていきます。
「急がないから後で」という判断が、時間の経過とともに取り返しのつかない状態を作ります。
| 放置の結果 | 何が起こるか |
|---|---|
| 相続人が亡くなり権利者が増える | 数次相続により、面識のない親族まで関係者に加わります。全員の協力が必要になります |
| 相続人が認知症になる | 成年後見の手続きが必要になります(相続人に高齢の方がいる場合) |
| 相続人の所在が分からなくなる | 不在者財産管理人の選任が必要になります(民法第25条) |
| 古い住民票の除票が取得できなくなる | 登記簿上の住所と最後の住所のつながりを証明できなくなります |
| 売却できない | 名義が故人のままでは売却も担保設定もできません |
| 過料の対象になる | 不動産登記法第76条の2の3年の期限を正当な理由なく過ぎた場合、同法第164条第1項により10万円以下の過料の対象となります |
| 空き家として管理の負担が残る | 固定資産税や近隣への影響が続きます(空き家を相続したらどうする?) |
相続登記は2024年4月1日から義務化され、それ以前に発生した相続も対象です。分割がまとまらない場合は相続人申告登記(不動産登記法第76条の3)で申請義務を履行できますが、所有権の移転登記ではないため後に正式な登記が必要です。
当センターにご相談いただくケースで最も難航するのは、祖父名義のまま数十年放置された不動産です。相続人が10名以上になり、連絡だけで半年以上かかることもあります。自分でできる範囲の判断は相続登記を自分でやる限界をご覧ください。
遺言書の取り扱いの失敗は?
封印のある自筆証書遺言を家庭裁判所外で開封すると、過料の対象となるおそれがあります。
遺言書を見つけたとき、その場で開けてしまう方が少なくありません。
| 遺言書の種類 | 開封・検認の扱い | 根拠 |
|---|---|---|
| 自筆証書遺言(自宅などで保管) | 家庭裁判所の検認が必要です。封印のある遺言書は家庭裁判所で相続人等の立会いのもと開封します | 民法第1004条第1項・第3項 |
| 自筆証書遺言(法務局の保管制度を利用) | 検認は不要です。遺言書情報証明書の交付を受けます | 法務局における遺言書の保管等に関する法律第11条 |
| 公正証書遺言 | 検認は不要です | 民法第1004条第2項 |
| 秘密証書遺言 | 検認が必要です | 民法第1004条第1項 |
封印のある遺言書を家庭裁判所外で開封した場合、過料の対象となるおそれがあります(民法第1004条第3項・第1005条により5万円以下)。開封したからといって遺言が無効になるわけではありませんが、他の相続人から改ざんを疑われ、紛争の火種になります。
その他の失敗として、遺言書の内容を実現せずに相続人全員で別の分け方をしてしまうケースもあります。相続人全員の合意があれば遺言と異なる分割も可能とされる場合がありますが、受遺者が相続人以外である場合や遺言執行者がいる場合は取扱いが異なります。判断が難しい部分ですので、専門家にご相談ください。
検認の流れは遺言書の検認とは、遺言執行者の役割は遺言執行者とはをご覧ください。
失敗を防ぐには何をすればよい?
相続人の確定と財産の確定を先に終わらせ、分け方を決める前に税務と登記の見通しを立てることが最大の予防策です。
これまでの失敗はすべて、順序と初動で防げます。
| 予防策 | 効果 |
|---|---|
| 被相続人の出生から死亡までの戸籍を必ず集める | 相続人の漏れによる協議の無効を防げます |
| 名寄帳を取得して不動産をすべて洗い出す | 私道の持分漏れや、後から判明する財産を防げます |
| 負債の心当たりがあるときは財産に手をつけない | 民法第921条による単純承認を避けられます |
| 3か月の期限を最初に確認し、必要なら伸長を請求する | 相続放棄の選択肢を残せます |
| 分け方を決める前に相続税の判定と特例の要件を確認する | 特例が使えない分け方を避けられます |
| 協議書は登記事項証明書の記載どおりに書く | 法務局で受理されず作り直しになる事態を避けられます |
| 協議書に後日判明した財産についての条項を入れる | 再度の署名集めを避けられます |
| 共有名義は最後の手段とする | 次の世代の負担を防げます |
| 遺言書は開封せず家庭裁判所の検認へ | 過料のリスクと紛争の火種を避けられます |
| 期限の管理を一本化する | 複数の期限の取りこぼしを防げます |
この10項目のうち、最初の2つと5つ目が特に重要です。相続人と財産を確定させ、分け方を決める前に税務を確認する。この順序が守れていれば、取り返しのつかない失敗はほぼ起こりません。
当センターは西東京市ひばりが丘北を拠点に、東久留米市・清瀬市・新座市のお客様に対応しています。戸籍の収集、名寄帳の取得、財産の確定、期限の管理を引き受け、相続税の申告は税理士法人みらいの税理士、登記申請は提携する司法書士が担当します。紛争性のある案件は弁護士をご紹介します。
期限の全体像は相続手続きはいつまでに何をする?、やるべきことの一覧は相続手続きチェックリストでご確認ください。
まとめ:結局どうすればよい?
相続手続きの失敗のうち、取り返しがつかないものは限られています。3か月の経過、相続財産の処分による単純承認、分け方の確定後に判明する税務の不利、相続人の確認漏れ、安易な共有名義、遺言書の無断開封、1年を過ぎた遺留分侵害額請求、相続登記の放置です。
とりわけ注意すべきは2点です。1つは、負債の心当たりがあるときに故人の預金を引き出して使うこと。民法第921条により相続財産の処分とみなされ、3か月以内であっても相続放棄ができなくなるおそれがあります。もう1つは、分け方を決めてから税理士に相談すること。小規模宅地等の特例は取得者ごとに要件が異なり、要件を満たさない方が取得する内容で全員が合意してしまうと、変更には全員の再合意と再押印が必要になります。
そして相続人の確認漏れは、協議そのものを無効にします。被相続人の出生から死亡までの連続した戸籍を集めるという作業を省略してはいけません。
これらはすべて順序と初動で防げます。相続人を確定し、財産を確定し、分け方を決める前に税務と登記の見通しを立てる。この順序を守れば、取り返しのつかない失敗はほぼ起こりません。
すでに何か進めてしまった、判断に迷っているという場合も、お早めにご相談ください。初回相談は無料です。平日9:00〜18:00、042-439-6523へお電話ください。
▶ 何か進めてしまってから、不安になっていませんか?
戸籍による相続人の確定、名寄帳による財産の洗い出し、期限の管理を当センターが引き受けます。分け方を決める前に税務と登記の見通しを立てることが、取り返しのつかない失敗を防ぐ最大の方法です。
西東京市ひばりが丘の相続サポートセンターなら、戸籍収集から遺産分割・不動産名義変更・相続税申告まで、税理士・行政書士・司法書士が連携してワンストップで対応します。初回相談は無料です。まずはお気軽にご相談ください。
よくある質問
Q. 故人の口座からお金を下ろしてしまいました。相続放棄はできませんか?
引き出した金額の使途と状況によります。民法第921条は、相続人が相続財産の全部または一部を処分したときは単純承認をしたものとみなすと定めており、引き出した現金を生活費に使った場合は処分とみなされ、放棄が認められないおそれがあります。一方、社会的に相当な範囲の葬儀費用に充てた場合は処分に当たらないと判断される場合もありますが、確実ではありません。領収書と記録を必ず保管し、お早めに弁護士または司法書士にご相談ください。
Q. 遺産分割をやり直すことはできますか?
相続人全員が合意すれば、やり直すことは可能とされています。ただし全員の再合意と再押印が必要で、一人でも反対すれば実現しません。また税務上、やり直しによる財産の移動が贈与や譲渡と扱われる場合がありますので、必ず税理士にご確認ください。登記も再度の手続きが必要になり、登録免許税が改めてかかります。つまり事実上かなり困難です。だからこそ分け方を決める前に、相続税の判定と特例の要件を確認する順序が重要になります。
Q. 後から相続人が見つかった場合、協議はやり直しですか?
やり直しになります。遺産分割は民法第907条により共同相続人の協議で行うもので、相続人が一人でも欠けていた協議は無効です(相続開始後に認知された子の場合は、価額の支払請求となる例外があります=民法910条)。協議書を前提とした相続登記や金融機関の払戻しも覆る可能性があり、相続税の基礎控除額も変わるため申告のやり直しが必要になることもあります。前の婚姻の子、認知した子、養子、代襲相続人などが後から判明するケースがあります。防ぐには、被相続人の出生から死亡までの連続した戸籍を必ず集めることです。
Q. 遺言書を開けてしまいました。無効になりますか?
開封したこと自体で遺言が無効になるわけではありません。ただし民法第1004条第3項により封印のある遺言書は家庭裁判所で相続人等の立会いのもと開封する必要があり、これに反した場合は過料(民法第1005条により5万円以下)の対象となるおそれがあります。また他の相続人から改ざんを疑われ、紛争の火種になります。開けてしまった場合も、そのまま家庭裁判所に検認の申立てをしてください。なお公正証書遺言と法務局の保管制度を利用した自筆証書遺言は検認が不要です。